管理栄養士の知恵袋

ジャンルにこだわらず思うままに書いていきたいと思います

父、数年で心筋梗塞4回・脳梗塞1回、私地元へ

私が仕事を辞めるまでに、父は数年の間に心筋梗塞を4回発症していました。

その時、父はまだ60代。

大変な病気ではありますが、父もまだ精神的にはとても落ち込むといった状態ではなかったんです。

私が仕事を辞めて沖縄に行ってから今度は脳梗塞を発症。

発症してしばらくは言葉も発することができず、右半身が動かないという状況でした。

先生からも半身不随になると言われてたけど数ヶ月の入院生活で、不随になると言われていた体が動くようになってました。

言葉もしっかり話せるようになったと聞いて安心したのを思いだします。

でも精神的にはかなりキツかったようで、涙脆くなり若干幼児がえりのような言動がみられるようになりました。

私の中では元気な頃のままのしっかりした父のままでしたので、倒れてから初めて会った父に驚きました。

もちろん顔や態度にはだしませんが、父は年齢も上がってきて病気も増え、心細さや寂しさが襲ってきてるのかなと感じました。

でも、弟が父の面倒を見てくれていたので、その面ではとても安心してました。父も弟を頼ってるようだし、昔なら考えられないような関係性にかわっていました。

 

ただ、父も年齢が上がってきて心細くなってきたようだし、私自身も近くでできる事をした方がいいし弟にばかり負担をかけるわけにもいかないので、沖縄に行って1年も経たないうちに地元に帰ることを決めました。

 

沖縄では失恋を経験し、国家試験の勉強に打ち込み、最終的に国家資格を手にすることができました。

 
最初は沖縄に移住するつもりで引っ越しをしましたが先に書いたように、父が脳梗塞で倒れたので心配だし沖縄にい続けるわけにもいかずに地元に帰ることに決めました。
 
父は介護というほどそれを必要とする状態ではありませんがやはり不便なことが多々あるので、誰かがなるべく近くにいるようにしてます。
私が地元に帰って2日後から仕事は始まるし、父の相手はしないといけない。自分の時間というものが本当になかった期間です。これを弟がほぼ1人でこなしていたのかと思うと、すごく負担をかけていて申し訳なかったなという想いと、これからはなるべく弟の負担を減らしてあげようと決めました。
 
仕事の日は、朝早くから起こされて出勤まで話し相手をし、帰ってきたらまた話し相手や、何かしだしたら手伝い、出かけたいといえば車で送迎。休みの日は一日中父の付き添いや話し相手をしてました。
 
父は時間がありすぎてとにかく何か作業をしたいらしく、無駄に片付けを始めたりして最終的に自分でも何処に何を片付けたのか思い出せないことも多々あります。それをみんなで探す羽目になったり...と、いろいろ大変でした。
 
実家はゆくゆくは弟のものになるので、私自身実家に長居するわけにはいかないと感じてました。なので、そんな忙しい日常の中で不動産屋を巡ったり、ネットで物件を調べながら生活してました。疲れもかなりあり体もしんどいしいい加減見つかってほしいと思っていたら、やっといい物件に巡りあいました。
そこからはトントン拍子に進み、物件を決めて2〜3週間後には引っ越しができました。
実家からもそんなに遠くなく、今でも休みの日にはなるべく実家に行き、弟の時間を少しでも増やすように、そして私が実家に顔をだして父の用事に付き合ったりすることで父も喜んでくれるし、私自身も実家から少し離れることで気持ちに余裕ができました。
 
沖縄から地元に戻って1ヶ月程の間にまた引っ越しと本当にバタバタな日々でした。今はやっと部屋も片付き生活リズムもできてきて、やっと落ち着いてきた感じです。
 
落ち着いたと言っても休みの日はほぼ実家に行ってるし自分の時間を捻出するのは結構厳しい状況だけど、やはり自分の部屋に帰って一人の時間があるというのは貴重だし、その中で自分が目指すべきことや、したいことをする時間があるということはとても幸せなことだと感じます。
貴重な自分のための時間だからこそ、有意義に時間を活用していかないと。